よりよい白血病治療のために
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6.慢性骨髄性白血病(chronic myeloid leukemia, CML)

A.臨床所見

発症は緩やかであり、進行しないと症状は現われません。
脾臓が腫大することによる左上腹部の不快感、微熱、夜間盗汗、倦怠感などを主訴として医師を訪れ、
検査の結果診断されることが多い病気です。
ただし、最近では、定期健康診断や他の病気の検査時に偶然発見されることの方が多くなっています。
身体所見では脾腫が最も多く、進行例では貧血もみられます。

B.検査所見

 白血球増加が著明であり、好中球が主体をなしていますが、好塩基球や好酸球の絶対数も
増加しています。
芽球から成熟好中球までの各段階の好中球がみられます。好中球アルカリホスファターゼ・スコアーが
著明に減少しているのが特徴的です。
血小板は増加している場合が多く、赤血球は初期はほとんど変化はありませんが、
進行すると貧血となります。
ハイドロキシウレアやブスルファンなどの化学療法が行われていた時代では、通常約4年で
治療抵抗性となり、脾腫が縮小せず、好塩基球が増加し、血小板減少や貧血が現われたり、
原因不明の発熱などを示す移行期を経て、末梢血ならびに骨髄に芽球が増加する急性転化期になりました。

  急性転化を起こすと急性白血病と鑑別が困難なことが多く、通常の急性白血病よりも治療抵抗性です。
約3/4 が骨髄性、1/4 がリンパ性の形質を示します。
フィラデルフィア (Ph) 染色体は陽性のままであり、Ph染色体が2個になったり、その他の付加的な
染色体異常が現われることが多くなります。

 慢性骨髄性白血病の骨髄は白血病細胞が充満している過形成状態を示します。
芽球から分葉好中球までの一連の好中球系細胞が主体ですが、好塩基球や好酸球も増加し、
巨核球も増加しています。
骨髄細胞の染色体検査で小型のPh染色体がみられます。
これは、22番染色体の長腕の一部が切れ、9 番染色体の長腕の一部と互いに入れ代わる
相互転座t(9;22)の結果作られるものです。
Ph染色体は赤芽球や巨核球にも認められます。9 番染色体の長腕にある癌遺伝子ABL1 が、
22番染色体のBCR 遺伝子部に転座し、BCR-ABL1 融合遺伝子が作られ、この遺伝子が作る
P210蛋白分子は強いチロシン・キナーゼ活性を示し、細胞をアポトーシスより護り、
慢性骨髄性白血病の病因になっています。
Ph陽性急性リンパ性白血病の時にみられるBCR-ABL1 融合遺伝子は P190 蛋白分子をつくりますので、
慢性骨髄性白血病の場合はメジャー、Ph陽性急性リンパ性白血病の場合はマイナーと呼んで
区別しています。
ただし、白血病によって決まっているのではなく、特に後者では、二つの蛋白分子型が見られます。
  その他、増加している白血球に由来するビタミンB12 結合蛋白増加のために血中ビタミンB12 値が
増加したり、破壊された白血球由来の尿酸値も上昇しています。

C.診断

 末梢血で幼若細胞から成熟好中球までの各段階の好中球増加をみとめたら、
好中球アルカリホスファターゼ染色スコアーの低下を確認し、骨髄でPh染色体およびBCR-ABL1
融合遺伝子を確認することにより確定診断がつきます。
染色体検査は煩雑ですので、最近は遺伝子診断が優先されます。

D.治療

 慢性骨髄性白血病は、白血病の原因になっているBCR-ABLチロシン・キナーゼを特異的に阻害する
イマチニブの出現により、治療法が一変しました。
イマチニブ出現以前はインターフェロンや造血幹細胞移植が主たる治療手段でしたが、
現在はイマチニブが第一次選択薬になり、インターフェロンや造血幹細胞移植は、イマチニブや
第二世代のチロシン・キナーゼ阻害薬であるニロチニブやダサチニブが効かない場合のみ
施行される治療法になりました。

  もともと慢性期の慢性骨髄性白血病には脾腫や白血球増多による色々の症状がみられるものの、
生命を脅かすほどのものではなく、化学療法薬であるハイドロキシウレアかブサルファンで治療する
ことにより、白血球を正常範囲にコントロールすることが可能であり、患者さんは病状が進行して移行期や
急性転化期にならないかぎり、全く正常の日常生活が送れました。

  大規模な比較研究の結果、ハイドロキシウレアで治療する方がブサルファンで治療するよりも予後が
よいことが判り、専らハイドロキシウレアが使われましたが、残念ながら診断後4年前後で移行期へと
進行し、その後半年前後で急性転化となり、治療に抵抗性となって患者さんは死亡されました。
したがって、化学療法薬では慢性骨髄性白血病は治せませんでした。
また、血小板数のコントロールがうまく行かない症例には、ラニムスンやナイムスチンが使われていました。

 その後、インターフェロンが有効であることが判り、約75%で血液学的寛解が、50%以上でPh染色体
陽性細胞の減少を認める細胞遺伝学的効果が得られました。
Ph染色体の減少例の予後は良く、約20%にみられる完全消失例の8年生存率は90%近いと報告
されています。
部分的に消失する患者さんでも8年生存率は70%以上であり、インターフェロンは慢性期の第一次
選択薬になりました。
この薬の長所は抗がん薬と違って、薬剤を中止すれば白血球等が直ぐ回復する点にあり、
したがって、薬剤を十分効かせることが出来る所にあると思われます。
  問題は副作用です。
インフルエンザに罹ったときのような発熱や筋肉痛に加え、肝障害やうつ病などがあります。
それに、インターフェロンは高額ですから、病名を告知されておらず、造血幹細胞移植ができなければ
この薬でしか長期生存するチャンスはないと説明を受け納得していない患者さんは、副作用を理由に
インターフェロンを早期に中止したがる傾向にありました。
また、インターフェロン療法に十分習熟していない医師も同様であり、副作用を恐れて早期に中止する
傾向にありました。
  副作用は確かに怖いですが、白血病はもっと怖く確実に命を奪う病気です。
Ph染色体が減少すれば、長期生存が可能ですから、辛抱つよく使用し続けることが肝要です。
なお、Ph染色体が完全消失しても、遺伝子検査でBCR-ABL1が消失しないかぎり、たとえ少量でも
インターフェロンを長期間継続投与することが必要でした。

  造血幹細胞移植はイマチニブ出現前では第一次選択の治療法でした。
50歳以下でHLA(白血球型抗原)の一致する家族ドナーがいれば、なるべく早く実施していました。
50歳以下の慢性期の慢性骨髄性白血病にHLAが一致した家族ドナーから移植を行う事により、
60%~70%前後の長期生存が得られます。
しかし、一方では移植後に起こるGVHD(移植片対宿主病)や間質性肺炎等による移植関連死が
20%~30%あり、場合によっては命を短くします。
  50歳以下で家族ドナーのいない場合は、骨髄バンクに登録してドナーが見つかれば、非血縁ドナー
移植を行いましたが、家族ドナーからの移植に比べGVHD等の合併症や移植関連死も多く、35歳以上の
患者さんでインターフェロンがよく効いている場合は、インターフェロンの方がよい成績を示しました。
50歳以上の患者さんでは、まずハイドロキシウレアで白血球を減らした後、インターフェロンを中心とする
薬物療法を行い、これが無効の場合や一時的に効いても再発した場合には、造血幹細胞移植を
行いました。
50歳以上ではGVHD等の合併症や移植関連死も多いことより移植前治療を弱くするミニ移植も
選択されていました。

  2000年以降、慢性骨髄性白血病の原因となっているBCR-ABL1 遺伝子が作るチロシン・キナーゼ活性
を特異的に阻害するイマチニブが使われるようになり、その優れた効果により、慢性骨髄性白血病の
第一次選択薬になりました。
常に活性状態にあるチロシン・キナーゼのために死ににくくなっていた白血病細胞が、この薬の作用で
アポトーシス(計画細胞死)を起こして死滅するのです。
インターフェロン比べて、副作用もほとんどなく、100%近い血液学的完全寛解が得られ、Ph染色体陽性
細胞が75%以上減少するメジャー細胞遺伝学的効果が80%で得られ、8年生存率は90%を越えるほどの
優れた治療効果を示しています(図7)。
  がん化の原因になっている異常遺伝子に直接向けられた分子標的治療薬が期待通りの効果を
示したのです。余りにも優れた治療効果を示しているため、若い患者さんにおいても、たとえ家族にHLAの
一致するドナーがいても、造血幹細胞移植はイマチニブが効かない症例にしか行なわれなくなりました。
すなわち、移植はイマチニブが効かない患者さんにしか行なわれなくなりました。
図7 JALSG CML202治療研究
図7

 それでも、薬ですから、発疹などの副作用のためイマチニブが使えない患者さんや一旦効いていた
イマチニブが効かなくなる耐性例も20~25%程度 あります。
最近、イマチニブが使えない患者さんや耐性例に有効である第二世代のチロシン・キナーゼ阻害薬が
幾つも開発され、ニロチニブとダサチニブが使用 可能になりました。
その結果、造血幹細胞移植はこれらの薬が効かなくなった症例や移行期・急性転化期になった
患者さんにのみ行なわれるようになりました。

 なお、第二世代のチロシン・キナーゼ阻害薬も効かない場合は、造血幹細胞移植を行います。

造血幹細胞移植を安全に行うには年齢が高すぎる場合 には、インターフェロンが勧められます。

インターフェロンには免疫力増強作用があるため、免疫の力も借りて白血病細胞を撲滅できる可能性が

考えられてお り、副作用さえ上手にコントロールすれば優れた薬です。

ドイツグループがイマチニブ登場前に行った前方向比較研究の結果では、インターフェロンの方が

造血 幹細胞移植よりも、むしろ優れていると報告していますので、副作用は強いものの

インターフェロン使用も考慮すべきです。

ただし、イマチニブと違って発熱な どの副作用は強いですから、患者さん側は勿論のこと、

治療する医師側にも、強い目的意識を持って治療を継続して行く必要があります。
 40年以上に渡り白血病の治療研究に携わってきた私の経験では、インターフェロンほど、

治療する医師の診療実力によって患者さんの予後が左右された抗が ん薬はありませんでした。

イマチニブ、ニロチニブやダサチニブでは、そのようなことはないと思いますが、それでも、副作用が

出ると直ぐ薬を中止したり、有 効量以下に減量してしまう医師も少なからず見受けられます。

白血病とはそもそも致死的な病気なのだという原点に立って、ベストの治療を選択する必要がある

と感じています。

 イマチニブ、ニロチニブやダサチニニブが無効となって急性転化した場合は、典型的な急性白血病と

異なり薬物療法には抵抗性であり、造血幹細胞移植 もほとんど期待できません。

したがって、慢性骨髄性白血病では、イマチニブ、ダサチニブ、ニロチニブやインターフェロンなどを

上手に使用して、急性転化さ せないことが肝要です。


E.経過と予後

 化学療法のみでは通常診断後約4年で移行期を経て急性転化して死亡した白血病でしたが、
インターフェロンや造血幹細胞移植により50~70%が長期生存できるようになったものの、
副作用が問題となる治療法でした。ところが、イマチニブの出現により、予後は劇的に好転しました。
イマチニブが臨床応用されてから10年ほどしか経っていませんので確実なことは言えませんが、
早期に診断された慢性期の慢性骨髄性白血病の85%以上は急性転化することなく長期生存すると
予測されています。
運悪くイマチニブが効かなくなっても、第二世代のニロチニブやダサチニブがありますし、
これらが効かない場合には、インターフェロンや造血幹細胞移植を行なうことにより、
90%以上が長期生存する時代になりました。
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